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【追悼】突然の悲報!米ロックミュージシャン「プリンス」に一体なにが!? [音楽]

独創的なスタイルで、全世界の音楽に多大な影響を
与えてきたアメリカのロックミュージシャン
プリンス」が、突然亡くなられました。
まだ、57歳という若さです!

001.jpg
http://www.barks.jp/news/?id=1000102919

米ミネソタ州ミネアポリスの自宅エレベーター内
で発見されたそうで、発見された時にはすでに
意識不明の状態だったそうです。

アメリカのメディアでは、トップニュース
この悲報を伝えています。

【原因は何?】

数日前に行われたアトランタでのコンサート
でも、実は体調不良を起こしていました。

一時は予定されていたコンサートを延期
します。

その後、何とかコンサートは行われましたが、
終了後も体調がすぐれず、プライベート
ジェットでの移動中に、急激に体調が悪化
してそのまま病院へ搬送されます。

この事が、直接の原因かどうかは分かって
いません。
関係者の話では、この時は大量の薬物摂取が原因
だったと話しています。
広代理人の話では、当時インフルエンザを患って
いて、体調がすぐれなかったのはそのためと話し
ているそうです。

現在、搬送先の病院のカルテなども調査中の
ようです。
あまりに突然の悲報により、情報も錯綜している
ようですね。

プリンスは、独特な音楽と個性的なファッション
で、マイケルジャクソンかプリンスかと言われる
ほど、世界の音楽ファンを魅了してきました。

そんな、プリンスの生い立ちをまとめました。

【プリンスの軌跡】

本名は、プリンス・ロジャーズ・ネルソンです。

父はジャズピアニスト、母はジャズ歌手という
音楽一家に生まれ、音楽とともに育ってゆきます。



しかし、両親はプリンスが幼い頃に離婚します。

父が突然家を飛び出してしまい、母のもとに
プリンスは残ります。

母が再婚した男性とは、折り合いが悪かった
ようで、度々家出をします。

そんな中でよりどころとなったのが、音楽で
あったのではないでしょうか。
ジュニアハイスクール時代に、彼は友人たち
とバンドを結成し、持っていた才能が開花
します。

その才能は、直ぐに大手のレコード会社から
注目されます。
数社からの入札が行われた結果、
ワーナー・ブラザーズと契約します。

当時、プリンスはまだ19歳でしたが、破格の
契約金を獲得します。

新人時代から、プリンスはアルバム制作を
一人で行います。

というのも、ワーナー・ブラザーズとの契約で
セルフ・プロデュースの権利も獲得していた
からなんですね。
この契約は、文字通り、自分で曲やアルバムを
プロデュースするということです。

表現の自由度は、高いかもしれませんが、
新人でこれが出来るというのは、並外れた
才能の持ち主だったとしか言えませんね!

セカンドアルバムのPrinceは、大ヒット
となります。
日本で、最初に発売されたアルバムでも
あります。

プリンスは、新人の頃ローリング・ストーンズ
の前座として、ツアーを一緒に回っていたこと
があります。

しかし、この時のローリング・ストーンズの人気
は凄まじく、プリンスが出てくるとブーイングの
嵐で、おまえけにキャベツなど物が飛んできた
そうです。

さすがに、これには若きプリンスもトイレで泣いて
いたそうです。その姿を見かけたデヴィッド・ボウイ
は、以後自分たちのツアーに前座をつけることを
止めました。

1982年に出したアルバム「 1999 」が、大ブレイク
し全米チャートでトップ10入りをついに果たし
ます。

1984年、プリンスが主演した映画「パープルレイン」
は、全米興行収入6,839万ドル(日本円で約75億)の
大ヒットを記録し、映画と同名のサウンドトラックは、
ビルボードチャートトップに24週間輝き続けます。

a00000633431.jpg
http://www.minp-matome.jp/pub/37fbf03aa21947604977...

このお金で、プリンスは独立して自分の会社を
作ります(のちに、ワーナー・ブラザーズに
戻ります)。

1989年に上映された映画「バットマン」の
サウンドトラックは、日本でも有名ですね。

80年代には、次々に名作を世に送り出してきた
プリンスですが、2000年代はインターネットや
新聞・雑誌など新たな分野への活動も展開します。

2005年には、人種差別問題や社会問題への取り組みが
認められ、全米黒人地位向上協会から表彰されます。

【まとめ】

プリンスさんは、日本のファンからは「殿下」の
愛称で親しまれていました。

しかし、マドンナやマイケルジャクソンと比べると
日本での活動はかなり少ないので、今の若い人たち
などには認知度が低いかもしれません。

ちょうど、40歳代の世代の方などは、当時ど真ん中
だったのではないでしょうか。

私も、学生時代洋楽にどっぷりハマりました。
その中でも最も影響を受けたアーチストです。
通学の時のウォークマンで毎日聴いていました
ねぇ。思い出します。
まだ、カセットテープの時代です。

プリンスのスタイルは、ロックからジャズ、
ヒップホップとあらゆるジャンルをおりまぜた
ものです。

そうして創出された音楽は、他のアーティスト
にない独特のスタイルです。
それが、プリンスの魅力ですね。

今回のあまりに突然の悲報に、「信じられない」
という言葉が全米中を駆け巡っています。

私も、まったく同じです。

あまりにも早いお別れに、ただただ残念であり、
悔しい感じがします。

当時のカセットテープで、聴きなおしたいと
思います。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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